あれは本当に不覚だった。











水のロンド











真昼の日差しに眼球が焼かれるような痛みを感じて、重い双眸を開いた。
空から燦々と降り注ぐ光はキツく、眼を細めて陽光を遮断するように、眼前へ手をかざす。
気付けば額にはうっすらと汗が滲んでおり、皮膚にはり付いた前髪を煩わしそうに指で払い除けた。





(…あっつ)





じわじわと熱が脳を侵食し、汗が陽に焼けていない肌を滑り落ちては衣服に染みを作ってゆく。
もう盛夏の訪れも、そう遠くない。
そう思った初夏の、ある日の事だった。








*  *  *








ばしゃ、と何処からともなく聞こえる水音に、不確かな意識から現実へと引き戻された。
一瞬暑さのせいで幻聴かとも思ったが、再び耳に届いた水音で、それが確かなものだと確信させられる。
暑さでやつれた身体を起こして、視線を下方へと移した。
つぅ、とまた汗が額を、頬を伝う。
ぼやけた視界に映ったのは、空を揺蕩う透明な一匹の龍。
まるで水の中にいるかのようにその長い身体をくねらせ、重力に逆らって浮遊し、泳ぐ。
その動きは繊細で何か心惹かれるものがあったが、螢惑の関心は龍よりも、それを操る者の方へと向けられていた。
龍が舞の中心点としている場所に辰伶は佇み、いつもの得物とは違う刀身の細い刀を手に、一人舞っていた。
すっと刀を前に突き出し、尖った刃の切っ先を鋭く見つめ、唐突に素早く刀を横たえたのを合図に、龍は緩やかに辰伶の身体の周りを 取り巻いた。
飛沫を飛ばして、上へ上へと昇ってゆく。
太陽の光を受けて飛沫と龍は美しく煌めいて反射し、辺りに茂る緑を濡らした。
辰伶が刀を振れば、呼応するように龍も踊る。
龍が舞えば、辰伶は刀で新たな命令を下す。
至極単純な動作なのに、それはとても力強く、雅に思えた。
剣舞の心得がない訳ではないが、別段詳しくもない螢惑にでもそれは判った。
暑さも、我も、水と彼が嫌いだという事も、何もかもを忘れて樹の上にも係わらず身を乗り出し、ひたすら彼を凝視した。
だんっと強く利き足の裏を地に打ちつけて足踏み、それを軸にしてそのまま一回転した後、規定の位置で腰を深く落として 天へ向かって勢いよく刀を放り投げる。








くるくると刀は舞って、奏でられる回旋曲(ロンド)。
太陽は日向者の銀糸に恩恵を与えたもうて、いっとう眩くきらきらと輝いて。
健康に焼けた肌、同じ色の瞳、大嫌いな父と似た美しい銀色。








目に映る全てが蔑みの対象であった筈なのに、どうして今は―――。








刀が辰伶の手に戻ると龍は音を立てて弾け、厳めしい姿から小さな飛沫へと形を変える。
舞が終わるのを見計らって、従者であろう者が屋敷の縁側から主を呼び止めた。
二、三程会話を交わすと、辰伶は刀身を縁側に置いてあった鞘に納め、従者と共に屋敷内へと入ってゆく。
彼の姿が視界から消えると、どかりと背を樹木に預け、肺の中の酸素全てを吐き出すように深く溜息をついた。
まるで金縛りにでもあっていたかのような、この気怠さは一体何なのだろう。





(…不覚)





複雑な螢惑の心情とは裏腹に、初夏の太陽はぎらぎらと輝き、更に眩さを増すのだった。









―終―









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原作の水舞台で舞うお兄が見たいです。















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