すみっこ











ひしぎは今、奇妙な光景に遭遇していた。
太四老とあろう者が一瞬対応に困る程、それは奇異さを漂わせていたのだ。
だらりと伸ばしていた細長い腕をいつものように拱いて、目の前の者に問うた。





「…何をしているのですか?」





低く抑揚のない、けれども澄んだ声でそう問いかければ、目前の少女は首を擡げた。
壬生の者でも滅多に類を見ない珍しい色素を持った髪がはらりと流れ、その隙間から大きく丸い藤色の瞳が覗いている。
長い睫毛で縁取られた双眸は何処までも透明で清く、ひしぎにとっては聊か眩しすぎる程であった。
藤の瞳は暫くひしぎを見据えると、栄養が行き届いていないのか、少しばかり色の薄い唇で短く返答した。





「別に」





さて、この問いかける側に対しての優しさが微塵も感じられない相槌の打ち方には、どうしたものか。
殊に教育し直そうなどとは思ってはいないが、けれどこの先、幾度となく窮する事は目に見えているので、忠告ぐらいはしておこうと思う。
色々と思案するひしぎに、少女…灯は訝るような視線を送り、やがて躊躇いながらも口を開いた。





「…すみっこにいるとね、落ち着くの」





可愛らしい声は告げて、ゆるゆると目を瞑る。
灯はそれで彼に伝わったと思い込んでいるが、いかんせん当の本人は理解出来ていないままでいた。
拱いていた腕を解いて、目線の合う位置までひしぎは屈む。
その言葉の意味を、知ろうと思った。
飽きる程長い時間を生きて、必要な事も不必要な事も詰め込まれた頭だから、そう滅多な事には関心を示さないのが常なのだけれど、 この灯という人間の少女は中々面白い事を時折云ってくれるので、つい聞き入ってしまう事もしばしばあるからだ。
突飛した言動は、権力を行使し、長い時を生きただけのふんぞり返った同族よりも、ずっと良かった。





「…何故隅にいると、落ち着くんですか?」
「判んない」





淡白すぎる物云いに、そうですかとしか返すより他ない。
また楽しませてくれると一抹の期待を彼女に寄せていたが、今回は外れたようだ。
残念そうに目を伏せて、伸ばした腕でゆっくりと灯の頭を撫でた。
舶来の砂糖菓子を思わせるような毛色の髪は指の間を通り抜け、するすると零れ落ちてゆく。 意外にも慣れた手つきに灯は一瞬戸惑い、照れ隠しなのだろうか、ほんのりと頬を薄紅に染めて俯いてしまった。





「…あとね、よく判らないんだけど」





ぽつりと紡がれる声の大きさは先刻よりも小さくなっている。
依然と手は灯の頭上に置かれ、ひしぎは次に続く言葉を待った。





「周りには何もないんだけど、ひしぎ様が隣にいれば落ち着くの。何でだろ?」





これが、不意打ちというやつだろうか。
ひしぎは数百年ぶりに面を食らった。









―終―









--------------------



朋さんから素敵なものを頂戴したので、そのお礼として贈らせて頂いたもの。















SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送